ネット上には今も「iDeCoを60歳、退職金を65歳。5年空ければ控除がリセットされる」という解説が数多く残っています。この方法は、2026年1月1日以降に受け取る退職金には通用しません。
調整期間が5年から10年に延長されたためです。古い情報のまま実行すると、本来使えたはずの控除が減り、税負担が増えます。まずはこの1点だけでも押さえてください。
資産形成の話題は「どう積み立てるか」に集中しがちです。しかし手元にいくら残るかを最終的に決めるのは、受け取り方(出口)です。とくに医師は、次の3つの理由で出口設計の重要度が高い職業です。
① 5年ルールは10年ルールになった。iDeCoを先に一時金で受け取るなら、退職金までの間隔は10年以上必要です。
② 順序でルールが違う。iDeCoが先なら「前年以前9年内」、退職金が先なら「前年以前19年内」が調整対象です。
③ 一時金が常に正解ではない。控除枠を超える部分には課税されます。年金形式・併用型も含めて比較すべきです。
④ 出口は「10年前」から設計する。50代に入ったら、受け取り年の逆算を始めてください。
まず土台を押さえます。退職金にかかる税金は、給与とはまったく別の、非常に優遇された計算で決まります。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数(80万円に満たない場合は80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
勤続年数の1年未満の端数は切り上げます。たとえば20年1か月なら21年として計算されます。この「切り上げ」は地味に効くので、退職日の設定で1か月ずれるだけで控除が70万円変わることもあります。
控除額が決まったら、次の式で課税対象額を出します。
(収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2 = 退職所得の金額
控除を引いたうえでさらに半分になり、しかも他の所得と分離して課税されます。給与所得に比べて圧倒的に有利です。この優遇をどこまで使い切れるかが、出口戦略の本質だと考えてください。
医療法人を設立して数年で役員退職金を出す、といったケースではこの例外に該当しないかの確認が必須です。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 | この額までは非課税 |
|---|---|---|
| 10年 | 400万円 | 400万円 |
| 20年 | 800万円 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 | 1,850万円 |
| 40年 | 2,200万円 | 2,200万円 |
20年を超えると1年あたりの控除が40万円→70万円に増える点に注目してください。長く勤めるほど加速度的に有利になる設計です。逆に言えば、転職が多い医師は控除枠を積み上げにくいということでもあります。
ここが本記事の核心です。
退職金とiDeCoを両方とも一時金で受け取ると、それぞれで退職所得控除を使えることになります。しかし同じ期間に対して控除を二重に使うのは公平ではありません。そこで、受け取りの間隔が近い場合には控除額を調整(減額)するという仕組みが置かれています。
iDeCo・企業型DCを一時金で先に受け取り、その後に勤務先の退職金を受け取る場合、退職金側の控除が調整される期間が——
【改正前】前年以前 4年内(=いわゆる5年ルール)
【改正後】前年以前 9年内(=いわゆる10年ルール)
に延長されました。2026年1月1日以降に受け取る退職金から適用されます。
この変更のインパクトは、実務上とても大きいものです。従来もっとも広く紹介されていた設計が、そのまま使えなくなったからです。
| 設計 | 改正前(〜2025年) | 改正後(2026年1月〜) |
|---|---|---|
| 60歳でiDeCo一時金 → 65歳で退職金 |
間隔5年で控除を満額使えた | 調整対象。控除が減額される ❌ |
| 60歳でiDeCo一時金 → 70歳で退職金 |
満額 | 間隔10年で満額を使える ✅ |
「5年空ければOK」という解説は、2025年までの情報です。制度改正の反映が追いついていない記事が今も大量に残っています。金額の大きい判断ほど、必ず施行日つきの一次情報で確認してください(この記事の末尾に公式リンクをまとめています)。
もう一点、見落とされやすい論点があります。iDeCoの加入期間と、勤務先の勤続期間が重なっている場合、その重複年数分は控除が二重に適用されません。
医師の多くは勤務しながらiDeCoに加入しています。つまりほぼ全期間が重複しているのが普通です。「iDeCoで20年、勤務で30年だから控除は合計で……」と単純に足し算はできない、と理解してください。
ここが混乱しやすいところです。どちらを先に受け取るかで、必要な間隔がまったく違います。
| 受け取り順序 | 調整の対象となる期間 | 控除を満額使うには |
|---|---|---|
| ① iDeCo(DC)が先 → 退職金が後 |
前年以前 9年内 (2026年1月改正。従来は4年内) |
10年以上空ける |
| ② 退職金が先 → iDeCo(DC)が後 |
前年以前 19年内 (こちらは従来から長い) |
20年以上空ける(現実には困難) |
②の「20年空ける」は、60代で退職金を受け取る一般的なケースではまず不可能です。そのため実務では、②の順序を選ぶなら「iDeCo側は一時金以外で受け取る」ことを前提に設計するのが現実的になります。
自分が①と②のどちらのパターンになるかを最初に確定させてください。勤務先の退職時期がすでに決まっているなら、そこから逆算してiDeCoの受け取り方を決める——という順番になります。
iDeCoの受け取り方には3つの選択肢があります。「一時金が最強」と思われがちですが、常にそうとは限りません。
| 受け取り方 | 使える控除 | 向いている人 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 一時金 | 退職所得控除 +2分の1課税 |
退職金が少ない/ない人 (=控除枠が余っている) |
控除枠を超えた部分には課税。退職金と近い時期だと調整される |
| 年金(分割) | 公的年金等控除 | 退職金が多く、控除枠を 使い切ってしまう人 |
公的年金と合算されるため、税・社会保険料が増えることがある |
| 併用 | 両方 | 控除枠を無駄なく 使い切りたい人 |
金融機関が併用に対応しているか要確認 |
iDeCoを年金形式で受け取ると、その額は雑所得(公的年金等)として公的年金と合算されます。所得が増えれば、国民健康保険料や介護保険料、後期高齢者医療保険料の算定にも影響し得ます。「税金だけ」で比較すると判断を誤るのは、この部分です。
以下は仕組みを理解するための簡易な概算です。実際の税額は、他の所得・控除・住民税・復興特別所得税などによって変わります。調整計算も個別性が高いため、具体的な金額は必ず税理士等にご確認ください。
ここで受け取り方の設計が効いてきます。
| パターン | 結果のイメージ |
|---|---|
| 60歳でiDeCo → 65歳で退職金 (間隔5年) |
改正後は調整対象。退職金側の控除が減額され、課税対象が増える ❌ |
| 60歳でiDeCo → 70歳で退職金 (間隔10年) |
調整の対象外。それぞれの控除を使いやすい ✅(ただし70歳まで在職できるかは別問題) |
| iDeCoを年金形式で受け取る | 退職所得の調整を回避できる。ただし公的年金と合算される点に注意 |
| 併用(一部を一時金・残りを年金) | 控除枠の余りに合わせて調整でき、柔軟性が最も高い |
ポイントは、「退職金だけで控除枠を使い切っているかどうか」です。ケースAでは1,500万円の控除枠に対し退職金が1,800万円——すでに枠を超えています。この状態でiDeCoも一時金にすると、その多くが課税対象になりかねません。枠が余っているか、埋まっているか。ここを最初に確認してください。
退職所得控除の調整計算は勤続期間とiDeCo加入期間の重複にも左右され、個別性が高い領域です。判断を誤ると数十万円〜百万円単位で手取りが変わることもあります。相性の合う税理士を探すところから始めたい方へ。
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勤務医には、他業種と違う固有の事情があります。
民間病院では退職金制度自体がない、あるいは大学病院・公的病院でも在籍期間が短ければ大きな額にならないケースが珍しくありません。転職を重ねてきた医師ほど1か所あたりの勤続年数が短く、控除枠も小さいのが実情です。
これは悪い話ばかりではありません。退職金が少ないということは、退職所得控除の枠が余っているということ。iDeCoの一時金でその枠を使い切れる可能性が高い、という意味になります。
国公立病院や大学に長く在籍した場合、勤続年数が長く控除枠も大きくなる一方、退職金もまとまった額になります。この場合は控除枠を退職金だけで使い切ってしまう可能性が高く、iDeCoは年金形式や併用を軸に考えるほうが有利になりやすい構図です。
開業医が持ちうる退職所得的な資産は複数あります。
これらは互いに影響し合います。とくに小規模企業共済とiDeCoを両方使っている開業医は多く、受け取り年が近いと調整の対象になり得ます。「それぞれ別制度だから独立」ではない、という点が要注意です。
役員退職金は法人の損金に算入できますが、不相当に高額な部分は損金として認められません。実務では功績倍率法(最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率)などを用いて算定根拠を整えるのが一般的です。金額の設定と議事録等の整備は、必ず税理士と進めてください。
個人事業のまま退職金制度を持たない開業医は、退職所得控除の枠がまるごと空いている状態です。iDeCoや小規模企業共済の一時金で、この枠を計画的に使い切るのが基本戦略になります。
出口の話をするうえで、入口側の変更も知っておく価値があります。
| 項目 | 現在 | 改正後(2027年1月施行予定) |
|---|---|---|
| 加入可能年齢 | 65歳未満 | 70歳未満へ拡大 |
| 拠出限度額(第2号被保険者) | — | 月6.2万円へ引き上げ予定 |
| 受給開始時期 | 60歳〜75歳の間で選択可能 | |
加入年齢が70歳未満まで延びると、「iDeCoを受け取らずに積み立て続ける」という選択肢が生まれます。これは10年ルールとの関係で重要です。退職金を先に受け取り、iDeCoは拠出を続けて後ろにずらす——という設計の自由度が上がるからです。
受け取りを遅らせるあいだ運用は続きますが、価格変動リスクも続きます。また19年ルールの制約もあります。税制だけで受け取り年を決めない——これも大切な視点です。
今年に入ってからのことです。医局の先輩——50代後半で、そろそろ出口を考え始めていた方——と当直室で雑談していたときに、退職金の話になりました。先輩は自信満々にこう言ったのです。「iDeCoを60で受け取って、退職金を65で受け取る。5年空ければ控除がリセットされるから、これがベストなんだよ」
数年前ならその通りでした。私も同じ理解でいました。でもその少し前に、私は改正の話を目にしていたのです。「先輩、それ2026年から10年に延びてませんでしたっけ」と伝えると、最初は「そんな話は聞いてない」という反応でした。その場でスマホで調べて、本当に変わっていると分かったときの、先輩の表情が忘れられません。
先輩が読んでいたのは、数年前に書かれた個人ブログでした。内容は当時としては正しく、更新されないまま残っていただけです。悪意はどこにもありません。でも金額にすれば、数十万円から百万円単位の差になり得る話でした。
結局その先輩は、税理士に相談したうえで受け取り方を組み替えました。「気づけてよかった」と言っていましたが、私が印象に残ったのは別の一言です。「制度が変わったことを、誰も教えてくれないんだな」。
iDeCoや企業型DCを一時金で先に受け取り、その後に勤務先の退職金を受け取る場合、退職金側の退職所得控除が調整(減額)される期間が延長されました。従来は「前年以前4年内」にDC一時金があると調整対象でしたが、2026年1月1日以降に受け取る退職金からは「前年以前9年内」に延長されています。かつて定番だった「60歳でiDeCo、65歳で退職金」という5年間隔の設計は、現在は控除が減額される対象です。
違います。iDeCoが先で退職金が後なら「前年以前9年内」、退職金が先でiDeCoが後なら「前年以前19年内」が調整対象です。②のほうがもともと長い期間が設定されており、20年空けるのは現実的でないため、この順序なら一時金以外の受け取り方を軸に考えるのが実務的です。
国税庁の計算式では、勤続20年以下は「40万円×勤続年数」(80万円未満なら80万円)、20年超は「800万円+70万円×(勤続年数−20年)」です。勤続年数の1年未満は切り上げます。退職所得の金額は原則「(収入金額−退職所得控除額)×1/2」で、この2分の1課税が大きな優遇になっています。
一概には言えません。一時金は退職所得控除+2分の1課税という強い優遇がありますが、控除枠を超える部分には課税されます。年金形式は公的年金等控除が使える一方、公的年金と合算されるため税・社会保険料が増えることがあります。一部を一時金、残りを年金という併用型で両方の控除を使い切る設計も有力です。
勤務先の退職金がなければ控除枠がまるごと空いているため、iDeCoの一時金で使い切りやすい立場です。ただし小規模企業共済を一括で受け取る場合も退職所得扱いとなり、受け取り時期が近いと調整の対象になり得ます。複数制度を併用している開業医こそ、受け取り年の設計が重要です。
加入可能年齢が65歳未満から70歳未満へ拡大される予定です(2027年1月施行予定)。拠出限度額の引き上げも予定され、第2号被保険者は月6.2万円が上限となる見込みです。受給開始は60歳〜75歳で選べるため、受け取りを後ろにずらす設計の自由度が広がります。
調整計算は勤続期間とiDeCo加入期間の重複年数によっても変わり、個別性が非常に高い領域です。判断を誤ると数十万円〜百万円単位で手取りが変わることもあります。実際の手続き前に、税理士等の専門家と、勤務先・運営管理機関に必ずご確認ください。
受け取り方の選択肢は、受け取る直前には、もうほとんど残っていません。10年ルールという名前が示すとおり、10年単位で先を見て組み立てる必要があるテーマです。
① 5年ルールは終わった。iDeCoが先なら、退職金まで10年以上空ける必要があります。
② 順序でルールが違う。iDeCoが先=前年以前9年内、退職金が先=前年以前19年内。
③ 一時金が常に正解ではない。控除枠が埋まっているなら、年金・併用のほうが有利なことがあります。
④ 情報の「いつ時点か」を必ず確認する。一生に一度の手続きほど、古い情報に当たりやすいものです。
積み立ててきた資産を、最後にどれだけ手元に残せるか。その差を生むのは運用の腕前ではなく、受け取り方の設計です。ぜひ、今日から逆算を始めてください。
※制度の内容・施行日・限度額は改正により変わります。手続きの際は必ず上記の公式情報および勤務先・運営管理機関で最新の内容をご確認ください。
本記事は情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断・投資判断を推奨するものではありません。退職所得控除の調整計算は個別性が高く、勤続期間や加入期間、他の所得の状況によって結果が変わります。実際の受け取り方の決定にあたっては、税理士等の専門家および勤務先・運営管理機関にご相談ください。